応急処置

 昨日、専務イシバシと横浜駅で夕飯を食べているときのこと。食べ終わった頃を見計らい片付けに来た店員がわたしの左膝に醤油をこぼした。店員は慌てて、「すみません! すみません!」と何度も連呼し、おしぼりで膝についた醤油を拭いてくれた。「だいじょうぶです。気にしないでください」。それで終わり、で良かったのだが、店員は片付け物をしながら上司に話したのだろう。すらりと背の高い美しい女性が、「たいへん申し訳ございませんでした。店長はただいま不在でして、わたしは副店長の**と申します。応急処置をさせてください」。「いえ、だいじょうぶです。もうほら、ほとんどわからないぐらいですから」。「いや、シミになってはいけませんから…」と、美人の副店長は、やにわにわたしのパンツの裾に右手を入れ、あろうことか、するするすると膝頭まで運んだ。そうして、左手でおしぼりを握り、ちょうど布を両手で挟む形にしてぱんぱんと丁寧に醤油のシミを拭き取ってくれた。白魚(たとえが古いか?)のような彼女の左手の指を見ているうちに、わたしは変な気持ちになってきた。「あ、あ、あの、もうけっこうですから。ありがとうございました」。「申し訳ございませんでした」と副店長はもう一度頭を下げレジのほうへ戻っていった。と、間もなくまたやってきて、「些少ですが、これでクリーニングに出してください」。「いや、いいですよ。そんな大したものでもないし。洗濯すれば落ちますから」。「当社規定ですのでお受け取りください。クリーニング代がそれ以上かかるようでしたら遠慮なくお申し付けください」。「そんなにはかかりません。そうですか。では、ありがたくいただきます」
 というような顛末。脚色なく。にしても、ああ、あの白魚のような指。たとえは古いが…。