おとなり

 

・リヱ祖母は辛夷の歌を歌いけり

といっても住まいする家でなく。
回転寿司の店での話。
夕刻のこととて空席がなくしばらく待つことに。
電子辞書を弄っているうちに声がかかり、
案内されるまま角の席へ。
二皿ぐらい食べたころ、
わたしの左隣の席が空き、
店の人に案内されて高齢の女性が座った。
まわっている皿は取らず、
刺身をいくつか板さんに頼んでいる。
それと熱燗。
わたしは三皿目のツブ貝を。
女性が箸入れから箸を取ろうとしていた。
その店の箸入れは、
箸を縦にして入れる形式のものでなく、
横に倒して並ばせる箱型のもので、
つまみを持ち、引き出しを引き、箸を取り出す。
椅子ひとつに対してひとつの箸入れ
がセットされていないから、
客が込んでくると、
必然、
隣の客のほうに
手を伸ばして箸を取ることになる。
ハッと気づいて、
わたしのほうが少し近い箸入れから
箸を取ってあげ、
隣の女性に渡した。
「ありがとうございます。お使い立てしてすみません」
「いえ」
それから女性はさらに刺身を頼み、
熱燗もお替りを。
わたしはこのごろにしては記録の九皿。
満腹になって席を立ち、
ジャンパーを羽織り「お先に」
と、
「おかげで楽しく飲むことができました」
練れていることばを
久しぶりに聞いた気がし、
仕事の苦虫が一瞬消えた。

・リヱ祖母の好きな山いま笑ひをり  野衾