女人源氏物語

 

・目覚めても痛みなき身の佳日かな

以前買って積読だったのですが、
源氏関連の書評を書く機会が与えられたのを機に読み始めたら、
面白いのなんの。
巻を措く能わずとはこのこと。
この本、
「源氏物語に登場する女性たちが語る」
という設定で書かれており、
元の話の骨組みは尊重しつつ、
肉付けはいかにも寂聴さんらしい。
何が一番ふるっているかというと、
光源氏が愛した女性たちは基本的に、
源氏と他の女性たちとの交渉を知っていただろうということ。
なぜそれが可能だったかといえば、
血縁関係でつくられた
女房たちのネットワークが張り巡らされていたから。
ここだけの話がここだけに終らないのが世の常。
するとどうなるか。
あっちでもこっちでも、
嫉妬嫉妬が大小のうずを巻き、
まさに
「嫉妬は恋のエネルギー源」
嫉妬あってこその恋なのだ。
ところで。
いろんな女性たちが口を開いて語るなか、
さすが寂聴さんと唸ったのは、
近江の君が語る章。
近江の君というのは、
内大臣(かつての頭中将)の隠し子。
琵琶湖のほとりでのびのび育った少女が貴族の世界に突然引き出され、
窮屈なお屋敷暮らしを始める。
原文でも、どの現代語訳、どの解説本でも、
寂聴さんの女人源氏ほどには書かれていない。
礼儀をわきまえぬぽっと出の
ただの田舎者ぐらいにしかこれまで思えなかった。
それがこの本では、
なんとも魅力的に描かれている。
しかも納得がいく。
田舎の自然の中で大らかに育ち、
大口開いて笑って暮らしていた少女にしてみれば、
連れてこられた世界は別世界。
地球から兎が餅をつく月にいきなり誘拐されてきたようなもの。
「おほほ…」と扇で口を隠し笑うなど、
初めからできぬ相談なのだ。
そんな境遇に押し込められた近江の君を、
寂聴さんは丁寧に描いてゆく。
あと二巻ありますから、
結論めいたことは控えなければなりませんが、
近江の君のこの章があることで、
これは傑作になったと思います。

・大寒やこれがピークと自らに  野衾