好きになると

 

・五十過ぎ腹が旨しの秋刀魚かな

新しい仕事の打ち合わせに埼玉県越谷まで。
ご専門は別にあるのですが、
お目にかかった先生は、
昆虫、
とくに蝶々の収集において
おそらく日本で
五指に入るほどのコレクター。
大切に保管された標本を見せていただきました。
いやはやなんとも。
まずその色の美しさに息を呑みました。
どんなに技術が向上しても、
印刷では絶対に出ない出せない色。
その印象を告げるや、
死んだ時点で色は褪せるのだとか。
生きているときは
もっと美しい…。
昆虫標本の商人が世界中にいるらしく、
しのぎを削って世界に目をやり
世界を走り回る。
なんでもそうかもしれませんが、
人間ほんとうに好きになると、
何をしでかすか分からない。
好きを極めて数奇な運命を辿ることにもなりかねない。
漱石の「こころ」に彼の有名な
「恋は罪悪ですよ」のセリフがあるけれど、
恋は罪かもしれませんが、
罪は恋だけとはかぎりません。
どきどきしながら
先生の話を拝聴し、
研究室のある建物から出るや
外は既に真っ暗。
小雨まで舞い落ちて。
好き、好き、
好きになると。
いろんな罪を犯してきました。

・蕭条と卓に色添ふ青蜜柑  野衾