古ビスケット?

 専務イシバシが編集長ナイトウと出かけた折のこと。出向いた先は古英語(むかしの時代の英語を、こえいごと呼ぶ)の先生の研究室で、書棚には貴重な古い文献がズラリと並んでいたそうだ。先生が1冊1冊、大事そうに抜き出し示してくれる本のページをめくるたび、紙がはらはらとくだけ、こぼれ落ちちそうな具合だったとか。
 打ち合わせが一段落し、先生は、ビスケットを出してくれ、自分でコーヒーを淹れに席を立った。と、イシバシが小声で、「…このビスケット、いま売っているビスケットよね」。古い資料に囲まれた研究室にいて、出されたビスケットまで古いのではと、いかにもイシバシらしい疑念が湧いたのだろう。ナイトウによれば、小声とはいうものの、それは先生の耳にも確実に届く声だったらしい。ナイトウすかさず、「50年前のものではないと思います」。物静かで温厚な先生は、にこっと微笑み、黙ってコーヒーカップをテーブルの上に置いた。
 普通なら舌禍事件になるところ、たくまずの天然キャラで場を和ませ、笑いにしてしまうイシバシの技というか天才は、決して真似してできるものではない。

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