だって、足があるじゃないの

 知り合いに齢八十を越す女性(仮にAさんとしましょう)がいて、昨日から、わたしが通っている気功教室に通い始めた。四十の手習いということがあるけれど、Aさんの場合、その倍。
 帰りがけ、すこし時間があったので、お茶を飲みながら、お話をうかがった。にこにこにこにこ、おだやかな笑いの気につつまれる。
 Aさんは二つの句会に所属し俳句を物し、また絵を描き、エッセイもつづる。なんでも一昨日はレオナルド・ダ・ヴィンチ展を観に上野へ、昨日はスケッチブック片手に湘南まで出かけたとか。Aさん、何が嫌いといって、井戸端会議ほど嫌いなものはないらしい。時間がもったいない、と。Aさんの娘さん(彼女も昨日から同じ気功教室に参加)が、「なんで1人でそんな遠くまで行くの?」と訊くと、「だって、足があるじゃないの」。Aさんの娘さん曰く、「おかあさんの1日は48時間だね」
 気功教室は1日だけいつでも無料で体験できる。Aさんは昨日から正式に通うことになったが、実は先週、1日無料体験コースに参加した。あいにくの雨で、夜7時から始まった教室は、レッスンの間中カミナリが鳴りつづいた。ビルの15階。光の枝が闇をつんざく。そのことを思い出したのはAさんの話がきっかけだった。Aさん曰く、「今日はブラインドが下りていたけど、あの日はブラインドが上がっていて、だから夜空に光るカミナリがよく見えた。あの光景をなんとか句にしたいと思ってね…」。そう言われてハッとした。ブラインドのことまで気が付かなかった。今日は下りていたのに、先週は上がっていた…。ブラインドが上がっていたから、カミナリがあんなによく見えたのだった。

46688490dd230-070607_1001~01.jpg