いまの発見

 私にも書いてきた本がいくらかあります。でも、それは自分が体験してきたことを、後になってから言語化したものに過ぎません。だから、私にとって、書いたものは常に過去でしかない。「すずしさや鐘を離るる鐘の声」だったかな、蕪村に確かそんな句があったと思います。これは「いま」を見事に表現している句だけれども、「いま」を語っているわけじゃない。そうではなくて、いまという時間が過ぎ去るのを感じている過去の自分を、後から気づいて言い留めている。だから、これもいまの自分にとっては過去です。いまの発見は語れない。ことば以前の体験だから。
 いまの自分がどこに行くかなんてことは、誰にもわかりません。いまの自分は、ただ見極めのつかない歴史の闇の中へ歩いていくだけです。先に出てはじめて、何かが動く。
(竹内敏晴『生きることのレッスン』)

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