鏡花本の装丁

 

・映画館インド日和を楽しめり

鏑木清方(かぶらき きよかた)の文章に、
表題のものがあります。
岩波書店版「鏡花全集月報第二号」に収録されており、
目にしているはずなのに、
うっかりしていました。
なぜそのことを取り立てて言揚げするかといえば、
岩波の「鏡花全集」の各巻表紙にほどこされた
片仮名の「ヨ」を
九十度寝かせたような文様が何を表わしているのか、
とんと見当がつかないままでいたからです。
鏡花ファンにとってはあたりまえすぎて、
笑われるかもわかりませんが、
谷沢永一・渡辺一考 編『鏡花論集成』に入っている文章を読み、
ハッと驚き、
初出が「鏡花全集月報第二号」であったことも教えられました。
粗忽もいいところ。
下の写真がそれですが、
それについての鏑木清方の文章から引きます。
「…裏おもてのまんなかに据ゑた紫の香の図は、泉さんの紋どころ、
もちろん祖先伝来のものではなく、
紅葉さんに因んでのもみぢの賀、
紅葉山人著「浮木丸」の表紙に黒地へあさぎで、この紋が出てゐる。
泉家では、黒の羽織はもとより、
格子戸をあけてはいつた一坪の土間に、
明治好みの摺ガラス入の四角な燈籠にもこの印がかいてある。
表紙の香の図の寸法はそれをうつした。」
香の図とは?
「①源氏香の組み合わせを示す図」(『大辞林』)
源氏香とは?
「組み香の一。後水尾天皇の時代に考案されたものという。
五種類の香をそれぞれ五包ずつ計二五包つくり、
任意に五包をとりだして香元がたき、
他の人々がその異同をききわけ、
五本の縦線の組み合わせを横線で結んでできる五二の図で示し当てるもの」
とあって、
『大辞林』には語釈につづけ
五二の香の図が示されています。
(グーグルの画像検索で調べると、大きく出てきます)
まさに、胸のつかえが取れた気分。
泉鏡花にとって
尾崎紅葉は神のような絶対の存在。
いろいろなエピソードが残されているようですが、
それはひとまず措くとして、
源氏物語に感銘を受け『多情多恨』を書いた尾崎紅葉の
その「紅葉」を意匠化した香の図を
鏑木清方は「鏡花全集」の表紙にもってきたわけなのでした。
こころにくい配慮といえます。
源氏物語には「紅葉賀」の帖があります。

・セプテンバー雨が恋しい裕美かな  野衾