ぬけがら

 

・見るだけで財布開かず帰りけり

休日、
伊勢山皇大神宮への階段を上っていたときのことです。
右手一メートル半ほどのところで
何か動いた気がしました。
階段を上りながら、
あれは蝉だったなと思いましたが、
それだけです。
帽子をかぶった初老の男とすれちがいました。
扇子で顔を扇ぎながら下りていきます。
ほんとうに、きょうは暑い!
暑くて魂が抜けていきそうです。
男はわたしに気づいていない風でした。
振り返ると、
男はしゃがみ込み
扇子の先を蝉に近づけています。
蝉が扇子にしがみついたのか、
男はそっと立ち上がり、
階段の横の植木に蝉を止まらせ、
それから階段を下り、
二、三歩下りたと思ったら、
何を思ったのか、
取って返し、
蝉に近づき何か語りかけているようでした。
小さな声で話し掛けたようでしたから、
中身までは分かりません。
が、
動作、表情、姿勢からいって明らかです。
わたしがしたことかも知れません。
それから
晴れ晴れとした様子で、
ゆっくり階段を下りてゆき
やがて見えなくました。

・スズメバチ蝉半分を食らひけり  野衾