蝉の声

 

・ひとときが十年(ととせ)を刻む蝉の声

わたしが初めて蝉の声を聴いたのは、
昭和三十三年の夏、
のはず。
なぜならば、
三十二年十一月生まれなので。
十一月も射手座ですから、
生まれたときは、
遅い蝉もさすがに鳴いていなかったでしょう。
翌年の夏に
ミーンミーン、ジージー、ツクツクホーシツクツクホーシ
と鳴く蝉の声を聴いたはず。
まだ満一歳になっていませんから、
記憶にはもちろんありません。
が、
このごろ、
読書に飽きて、
ひょいと顔を上げ
蝉の声に耳を澄ませていると、
無いはずの記憶が呼び覚まされるような
そんな気もします。
するし、
さかのぼって三十二年の夏は、
母のお腹にいましたから、
お腹の中で、
ミーンミーン、ジージー、ツクツクホーシツクツクホーシ
を聴いていた可能性はあります。
映画『きっと、うまくいく』で、
工科大学学長の長女のお腹が大きくなっているとき、
主人公ランチョーが、
映画のキーワード「オール・イズ・ウェル」を口にすると、
お腹の中の子どもが反応し、
母のお腹を中から蹴るシーンがあって、
映画の重要な伏線になっていましたが、
あのシーンを観たとき、
わたしにとっては蝉の声が
そのたぐいかもしれないとも思いました。
理由はありません。
ただなんとなく。
今日も朝から蝉が鳴いています。

・蝉しぐれ目覚めて泣いたこともあり  野衾