歯医者

 

・吾もまた月見て過ごす人となり

「あ」
「……」
「あ。あ」
「……」
「あ。あ。あ」
「……」
「あ。あ。あ。あっあっあっ!」
「すこし我慢してください」
我慢が足りないようでした。
左下奥の金属を被せていた歯が疼き、
金属を外したら、
どうも歯の根がイカレていたようで、
週に一度、
根の治療に通っています。
歯の根に細い細いドリルのようなものを突き刺し、
化膿したウミを掻き出して、
それから薬を投入します。たぶん。
奥歯ですから、
四つの穴を開け、
(奥歯のイラストを想像してみてください)
化膿をふせぎ、
きれいにするための細かな作業が
グリグリ、グリグリとつづきます。
やがて舌が乾き、
感覚が麻痺し、
他人の舌みたいになり、
ずっと回転してだれも取らない回転寿司の
皿の上のマグロの状態を呈してきます。
わたしは口を開いているし、
先生は、
いま何をしているかなんて
実況放送してくれませんから、
限られた情報から
おそらく
こんな感じのことをしているのだろうと、
想像するしかありません。
お付きの看護婦、
じゃなかった
歯科衛生士だか歯科技工士に、
「ブローチ四つ」と先生おっしゃったから、
ははあ、
穴は四つあるのだなと判断したわけです。
お灸の熱さで音を上げることはなく、
鍼灸の先生に
めっぽう褒められるのですが、
歯の痛みには極めて敏感で、
コオロギのように
ひ弱な声を上げずにいられません。

・首曲げて体育館の上の月  野衾