人買いか

 

今夜は元アサヒグラフの編集者に、
「石川さゆり」を撮りたいと売り込んでの帰り、
千鳥足で新宿をぶらぶら。
背中にはいつも持ち歩く重さ五キロほどのカメラバッグ、
右手に写真材料の入った二枚重ねヨドバシカメラの紙袋。
ふっと背中に新宿の夜風が寒く、
昔「小便横丁」の鰻の肝焼き屋へ。
九時も廻っていて店仕舞い中。
「すまないねぇ」
「はいはい、どうもねぇ」
それではと、
向いの同じような角店の「天卵そば」380円に並ぶ。
椅子は八脚。
L字型のカウンターに向かう客も八人。
露地に背中を出して食っている。
待つあいだ私の上半身はゆらゆらとゆっくり揺れている。
「おとうさん、席ひとつ空きましたよ」
と、後ろの学生さん。
ついこのあいだまでは「お兄さん」
だったのに、
いやはや早いものです人生は。
不思議なのは、
客たちが皆
注文するときに千円札一枚をカウンターに置き
釣り銭をもらうこと。
私も小銭が足りないので千円札を。
千円でお釣りをもらう決まりの店かと、
夢の中にいるみたい。
近くの懐かしいガードをくぐり、
北口に出たところで声をかけられた。
「ちょっと、ちょっと、相談に乗りますよ、これ」
男が差し出した名刺を手に取ると、
横書きで 0120‐…と大きく印刷され
「○○○会」とある。
衣、食、住、お困りの方、相談に乗りますと。
手続きは簡単ですと男は言う。
「俺、カメラマン」
「えっ! 本当?」
名刺を返そうとしたら、
いや、あげますよ。
ふーん、人買いか、今の世の。

以上、
写真家・橋本照嵩さんからのメールを、
本人の了解を得て載せさせていただきました。

 瞽女唄や越後の風の荒らびたる