スッ、ツー、サッ

 

 宿題を終へて寂しい夏休み

いつも行っている床屋に電話したら、
夜まで予約でびっしりだというので、
仕方なく他の床屋をあたってみることにしました。
さて、どこにしようかと思案したところ、
保土ヶ谷橋交差点、
川辺酒店の二階にヘアーサロンがあったことを思い出しました。
出来て一年半か、
二年ぐらいになるのでしょうか。
「仕事の帰り、散髪してサッパリしませんか?」
路上に置かれた小さな看板に、
そんなキャッチコピーが、たしか書かれてありました。
カット1500円、だったような。
よし。
あそこに行ってみよう!
ぶり返した暑さの中、
交差点を渡ってすぐのビルに入り、
薄暗い階段を上って左手のドアを開けると、
男性三人がソファーに座り、
漫画や雑誌に目を落としています。
ここは予約制ではないのでしょう。
マスクをはめた床屋のご主人が、
鋏を縦にして客の後頭部の髪を刈り揃えていきます。
二、三歩、スッと歩いて、
ツーとワゴンに体を寄せ、必要な道具をサッと取ります。
スッ、で、ツー、で、サッ。
動きに無駄がありません。
ほれぼれします。
わたしはしばらく立ったまま、
映画のシーンを見るように、見とれていました。
客が話せば別ですが、
そうでない限り、無駄口もききません。
読んでみたいと思っていた『バガボンド』も揃っています。
三巻目、武蔵(たけぞう)が京都に上り、
吉岡道場に入って試合を申し込んだところで、
わたしの番になりました。
「いちばん短い坊主刈りにしてください」
「はい。わかりました」
わたしは皮膚が弱いので、
床屋に行っても顔を剃らせないのですが、
この人ならひょっとしてと思い、されるままになっていました。
蒸しタオルをどかし、いよいよ剃り始めたのですが、
剃刀が髭にあたっているのかいないのか、
その感覚がないぐらい、
実に見事な手際でした。恐れ入りました。
鋏を持った武蔵か、君は!?
なんてことを…。
仕事帰りにでも、また寄ってみようと思います。

写真は、なるちゃん提供の「月下美人」

 鬼灯を母は上手に鳴らしたり