初心

 今日十月一日は何の日かというと、春風社創業の日であります。昨日が五周年、したがいまして今日から新たな気持ちで六年目、そういうことになりました。これも美奈様の、いや、皆様のおかげ、これからもよろしくお願いします。
 会社を作ろうか、作ろうよ、よーし作ろう作ろう、ということになり、桜木町にある法務局へ行って「あのー、会社を作りたいんですけど…」と、受付の人におずおず切り出した。「あん!? 株式? 有限? どっちですか?」と訊かれ、「え、あ、あの、あの、ゆ、ゆ、ゆうげん」なんて答えたことが懐かしい。
 こんなふうに書くと、法務局の係官がいかにもぞんざいのように思われるかもしれないが、彼が発した言葉はたしかに上に記した通りでも、いま思えば、何の準備もなく、紙ヒコーキの作り方を教えてください、とでもいったノリで、会社の作り方を教えてくださいという人間が目の前に立っていたのだから、係官、困ってしまってワンワンワワンだったのだろうと同情する。
 それから始まり、人に頼まず、参考書首っ引き、全部自分たちで会社を作ったから、その時は、人に教えられるほど会社の作り方に通暁していた。ところが、五年も経つと、きれいさっぱり、すっかり忘れた。忘れちまった。
 それで思うことは何かというと、気持ちいい、これです。ただただ、気持ちいい。
 初心を忘るべからずということですが、いろんなことを憶えていられないので、ぼくの場合、結構初心かもしれない。忘るべからず! なんて厳しく戒めなくても、すぐに忘れるから初心だ。
 だから、ぼくとしては、初心なんてすぐに忘れろ、忘れていいのだよと言いたい。初心より、目の前のものをどう動かすかに面白みを感じていたい、というか、感じている限り、この仕事をやっていけるだろうと思っている。
 三人いれば国を相手に闘うことだって出来るというのが出版社の面白いところです、と、先日お目にかかった民俗学者の谷川健一さんが仰ったので、なるほどと合点がいった。
 肩肘張らずに、これからも仲間と喧嘩しながら仲良くやっていきたい。