うまくやろうとしない

 

それを自戒としたい。
編集の仕事にたずさわって34年。出版社の代表として24年。
それなりに経験を積んできましたから、
それなりの成功体験、失敗体験があります。
そうすると、
体験から導き出されたじぶんなりのセオリー、
といっては大げさかもしれませんが、
法則(同じか)みたいなものが
いつの間にかできてきて、
それに基づいた行動をしよう、
スマートに、スムーズに、仕事をこなそうという気持ちが、
知らず知らずのうちに、
あわあわともたげてきます。
力の節約、知恵と呼びたくなりますが、
これ、
落とし穴でしょうね。
栗山英樹さんの本を読んでいたら、
「うまくやろうとするな」
という見出しで、
京都大学の総長を務めた平澤興さんの著書『一日一言』にあることばを引きつつ、
こんなことが記されていました。

 

18年10月11日、レギュラーシーズンを札幌ドームで終えた試合後、
ファンの皆さんへの感謝を告げるホーム最終戦セレモニーが行なわれました。
毎年恒例の時間で、
最初に選手会長の中島卓也がマイクの前に立ちます。
「今シーズンもたくさんの声援、ありがとうございました。
チームの目標、ファンの皆様の期待していたリーグ優勝に手が届かず……」
スムーズに話していたようにも聞こえましたが、
中島自身はうまくいっていなかったのでしょう。
わずかな沈黙のあとに
「すいません、もう一度やります」
と言って頭を下げました。
スタンドには笑いの波が広がっていきます。
私も思わず苦笑いをしてしまいましたが、
中島の飾らない人柄が伝わる素晴らしいスピーチでした。
何事もうまくやろうとすると、
知恵を働かせなければ、
技術を駆使しなければ、
といった考えが働きます。
場合によっては、
こざかしい手練手管を持ち出すかもしれない。
誠実さや真心が、
置き去りにされていきます。
たとえうまくいったとしても、それでは心がこもっているとは言えません。
誰かの心を動かすことはできない。
感動を与えられません。
実直に、愚直に、泥臭くやり続けたい。
(栗山英樹『栗山ノート』光文社、2019年、pp.124-5)

 

ここのところを何度も読み返しました。
その通りであると思います。
WBCのプレーには感動があり、それが多くの人に伝わったと思いますけれど、
いろいろな職業のどういう仕事においても、
うまくやろうとせずに、
誠実さやまごころを大切にすることで、
感動を伝えることがいちばん。
それができれば本望という気がします。

 

・屋台くり出す大岡川の桜  野衾