推敲

 

・隣の娘(こ)吾を追い抜く涼新た

文章は推敲できるから、いい。
何度でもできますもんね。
ところが人生となると、
なかなかそんなふうにまいりません。
言い訳や弁解や
後悔はできても、
やり直しが利かないのが人生。
だって人間だもの、
なんて。
いきなりですが。
『男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け』に、
往年の大女優で、
戦前ソヴィエト連邦に亡命したことでも知られる
岡田嘉子がでていますが、
絵描きの大家を演じる宇野重吉に、
「私、近頃よくこう思うの。
人生に後悔はつきものなんじゃないかしらって。
ああすればよかったなあという後悔と、
もうひとつは、
どうしてあんなことしてしまったのだろうという後悔」
意味深長な言葉で語りかける
シーンがあります。
おそらく
監督の山田洋次が、
岡田さんの実人生をふまえ、
そのセリフを考えたんでしょう。
ほんと、
まったく人生は、
二つの後悔のあざなえる縄のごとく、
どこまで上っても、
また下っても、
ああすればよかった
という後悔と
どうしてあんなことしてしまったのだろう
という後悔が
より合わさっていて、
生きている間、
悟りでも得ないかぎりは、
ひょっとしたらそんなものを得たとしても、
キリなくつづくのかもしれません。
その点、
文章はいいです。
飽きが来ないかぎり、
テーマを捨てないかぎり、
またテーマに捨てられないかぎり、
何度でも推敲できますから。

・下版の日鎌のようなる月懸かる  野衾