高校一年生のとき夏目漱石さんの『こゝろ』を読み衝撃を受けたのが、
ふり返れば、
やはり大きな出来事だった気がします。
ひとことで言えば、
「ニンゲンて、なんて気持ちの悪い生き物なんだ」
という感想。
以来、
たぶんですけれど、
まとまった考えもなく、ぼんやりと、
ニンゲンや宇宙やこの世の成り立ちについて知りたくなったのではないかと、
いま想像します。
五十年も前の話になりますので、
そのときの気持ちは、さすがに忘れてしまいました。
ただ、
それをきっかけにして、
高校の帰りに秋田市の本屋に立ち寄り、
買った本のことは憶えています。
三浦つとむさんの
『弁証法はどういう科学か』。
おそらく。
「弁証法」という単語が教科書に載っていたかして、
なんだかよく分からないけれど、
分からないなりに、
世界を読み解くカギがこの単語にある気がしたのでしょう。
しかも著者の苗字がわたしとおんなじ三浦で、
名前がまたわたしの叔父と同じ、
立ち寄った本屋が三浦書店。
三拍子そろっている!
まあ、
そんなことの、
ちょっとした連鎖からこの本を買ったんじゃなかったでしょうか。
最後までは読まなかった、
いや読めなかった気がします。
少年のころの高揚した背伸びした気分によるものだったと思いますけれど、
のちにヘーゲルやマルクスやエンゲルスを読むことへの
細い道筋はこのとき着けられたかと、
いまになって思います。
あ。
このあと、
経済学部を受験しようとしたことの遠因にも、
ひょっとしたらなっていたか、
んー、
いま思いつきました。
・すき間なく呼び交わしゐる蟬の声 野衾

