夢くだける
秋田の家の自分の部屋に立派なオーディオがあった。夢と希望と自信と完璧さと流行りのアイデンティティに繋がる画期的なもので、わたしとしては、それなしでは日も夜も明けないぐらいな気持ち。
ところが、年末大掃除をしていたら、夢と希望と自信と完璧さと流行りのアイデンティティに繋がっているはずのスピーカーの底が腐り始めていた。畳の部屋に板を敷き、その上にスピーカーを置いていたためか、床下の湿気を吸って、板ごと、ぐじゅぐじゅになっている。こんなんでいい音が出るとも思えない。わたしはもう何もかも捨てたい気分になった。夢も希望もあったものではない。
それでも、畑の細い道を通ってスピーカーの下に敷くコンクリートブロックを探しに行ったのだ。コンクリートブロック、コンクリートブロック…。
父は畑に施肥をしている最中で、わたしはなんだか嫌な気がした。無機的かつ硬質なコンクリートブロックを探しているというのに、父ときたら、微生物をたくさん含んでいるだろう有機的で柔らかい微温な堆肥を扱っていたからだ。くだかれた夢と希望は回復の見込みなし。
一旦家に帰って用意をし、どこか別の場所を探しに行こう。もと来た道を帰ろうとしたら、大勢の男たちがあちこち穴を掘り、働いている。働くのは構わないが、掘った土を道に盛ってあって通れない。仕方がないから畑に入り鉄パイプなんかがどさりと置いてある上を歩いて通った。そうしたら、働いている男たちに怒られた。その上を歩いてはいけない。なんだと! 細い一本道にどかどかと土を置いたおめえらのほうが悪いんじゃねえか。この道は昔から誰の道でもない。みんなのものなんだ。そこに土を盛るとはどういう魂胆なのさ。気分が滅入っていたせいで言葉に勢いがあった。労働者はボスの命令だからとか何とか言い訳をしている。ボスは誰だ。沢石金時さん73歳。沢石金時さんといえば、父の幼なじみではないか。そのひとが、この無体な工事を推し進めているというのか。それならば、どうしても沢石金時さんに会って、話をつけなくてはいけない。
事態が急変し、わたしの気持ちはそっちへ動き、スピーカーの底に敷くコンクリートブロックのことは、もうどうでもよくなり始めていた。
■「怒りの気持ち」よくわかります。相手のほうが理不尽なことをしているにもかかわらず、その相手から叱られてしまったりする、変なことが続出している今の世相。
■きっと労働者たちが てきとうに 作業していたんだと思います。ボスは もっと人道的な指示を出していたはずです。 たいてい、アルバイトなどで雇われている若僧たちというものは、勝手に都合よく動くことが多いから。
■最近、私も よく「怒りの気持ち」を感じます。世の中、マニュアル人間が多すぎて、やりきれんのです。とくに、レストラン。型に嵌った対応の仕方で、客を無理やりに一定の論理の枠組みのなかに押し込もうとする。例;私「こんにちは。一名です、禁煙席、椅子席、です。どうぞおねがいいたします。」;係り「どうかお待ちください。順番に確認させていただきます。禁煙席ですか、喫煙席ですか、畳ですか、椅子ですか」;私「すでに、申し上げました。どうか、マニュアルどおりに動かないで下さい、目の前の客に合わせて対応してください」;係り「…」。言葉は整っていても、まごころがみじんもない。ほんとうにほんとうに情のこもった臨機応変の対応ができぬものなのでしょうか。
■大事なスピーカー類は、水分を寄せ付けない土台の上に置かないと…心配です。コンクリートも水分を吸う可能性があるからです。やはり、そのうえに厚手のプラスチックマットを置いてからビニールシートを敷いたほうがいいのでは。それから部屋に大型の乾燥剤置き物(正式な呼び名がわからないのですが、部屋ようの設置式のものが、よく日用品屋で売っています)もいくつも置いたほうがいいのでは。