チェンソーヘリ

 集会が終って家路を急いでいたら、どこからともなくバラバラバラバラと音がしてチェンソーヘリコプターが飛んできた。機体そのものはそれほど大きくはない。ラジコンヘリを少し大きくしたぐらい。ところが、搭載されたプロペラが何で出来ているのがわからぬが、当たるものすべて容赦なく次々と真っ二つにしていく。あんなのに触れでもしたら一たまりもない。わたしは乗っていた自転車を橋の欄干に凭せ掛け、走って土手のほうへ下りた。ヘリは自転車もろとも、橋をいとも簡単に切り裂いた。
 バラバラバラバラとクルマでも電車でもビルでも橋でも道でも山でも川でも犬猫でもタワーでもダムでも、とにかくなんでも切り刻む。プロペラが何かに当たってチェンソーの音がするとその度にヘリコプターは大きくなるようだった。逃げ惑う人びとでだんだんとそこら中がごった返してくる。何とかという政府が放ったあれは最新兵器なのだという者もあれば、グレたかキレたかした頭脳明晰な小学生が操っているのだという者もいたが、本当のところは誰もわからなかった。
 ところで、あのチェンソーの材質は何でしょうなあ。はあ、おそらくアレはダイアモンドと白金とガラムマサラと珪素とゴキブリの糞を合成したものと思われます。それはいかにもありそうなことですなあ。いや、きっとそうでございますよ、天晴れなものだ、そうですかそうですか。
 後ろを振り向いたら、暢気にそんな会話をしていた二人の学者はとっくに首を刎ねられ死んでいた。だから言わないこっちゃない。
 とにかく複雑な場所に逃げ込み時間を稼ぐしかない。ふくざつふくざつと呪文のように唱えながら隠れ家を探して歩いたが、だんだん疲れてくるのか気分も変り、どうも単純でいいかげんな感じがしてくる。
 案の定、川っぷちに出たかと思ったら、見たことのある風景だ。橋の片側が折れて川に落ちこんでいるからチェンソーヘリに最初にやられた橋なのだろう。その下をくぐってボートを漕いでいくボート部の学生たちがいる。オールがチェンソーヘリのプロペラに形状が似ているからどうしたのかと思って訊いてみた。すると、チェンソーヘリは鉄鍋の底にプロペラが当たって砕け散り、それを拾ってオールに改造したとのことだった。腑に落ちない箇所もあったが、とりあえず、それで良しとした。脈絡のない空が広がり、なんだか悲しい気がした。