またまた

 昨日、紅葉坂を上りきり息を弾ませ、間もなく会社のあるビルだ、のちょうどその時、一陣の風が頬を撫でたかと思いきや、ベージュ色のコートを羽織った若い女性が自転車に乗って横断歩道を横切った。わたしのほうを向いて頭を下げたようだったから、わたしもそれとなく頭を下げた。わたしにではない気もして、後ろを振り向き確かめたのだが、ほかに誰もいなかったから、やはりわたしなのだろうということで落ちついた。
 ま、いいか、誰であっても、あいさつは気持ちいいもの。
 教育会館のビルに入り、エレベーターに乗ろうと歩いて行くと、さっきの女性がボタンを押しつづけ、エレベーターの中で待っていた。見れば、アルバイトの奥山さんなのだった。
 「おはようございます」
 「おはようございます。奥山さんだったのか。どこのお嬢さんかと思ったよ」
 「奥山さんだったのか。どこのお嬢さんかと思ったよ…」
 「ん!? いや、それはわたしのセリフで…」
 「このあいだも坂の途中で会ったとき、奥山さんだったのか、どこのお嬢さんかと思ったよ、って言われました」
 「ええっ、ほんとう?」
 「ええ、本当です。そっくりそのまま。奥山さんだったのか。どこのお嬢さんかと思ったよ…」
 「わかったわかった。もういいから」
 近頃とみに老人力が付き、専務イシバシと覇を競っている。イシバシのほうがわたしよりも上手だなと思って安心してきたが、どうしてどうして、わたしもどうやら負けていないようなのだ。