財布

 朝、紅葉坂にある店に立ち寄り、冷蔵庫から野菜ジュースを取り出し147円を払おうとしたら財布がない。鞄の中身を攪拌するぐらいに探したのに、出てくるのはカード入れや名刺入れ、文庫や捨て忘れたレシート、わかさ生活のパンフレット、手帳、ペンケース、目薬、中国禅密気功のパンフレット、世界遺産黄山/イ県古村群、杭州、新安江、千島湖を巡る2007年度中国気功研修旅行のパンフレット、などなど。財布はやっぱり出てこない。
 困り果てたわたしを見て、店のご主人が「いいですよ。持っていってください。お代は明日でいいですから」と言った。ありがたかった。鞄の中を掻き回しながら、「財布を忘れたのでジュースを返します」と言うのも変だしなと思っていたから、おやじさんの一言は、ほんと嬉しかった。
 財布を忘れたことに気がついた時の気分というのは、なぜかズボンの前のチャック(ある年齢以上の男性はファスナーをこう呼ぶ、はず)が開いているのを指摘された時の気分に似ている。
 かつて戸塚で一番の美女と付き合っていた頃、彼女と港が見える丘公園に遊びに行ったことがある。道を挟んで外人墓地の向かい側にある喫茶店の屋外コーナーでコーヒーとケーキを頼み、いっぱし決めてかかっていたのに、彼女ったら、わたしの前のチャックが開いていることを無残にも指摘した。見ると、アルマーニのズボンのチャックが開いていた。穿いてからここまでずっと開いていたというのか。どんな決めゼリフも瓦解し元の木阿弥。あとは何をしゃべったか、さっぱり思い出せない。

45de211fe065d-070221_2004~01.jpg