生涯の一冊

 

 唇に春雨落ちて泣きにけり

むかし勤めていた出版社で同僚だった友人来社。
友人は、
今は別の出版社の役員をしています。
著者の先生からの紹介で、
ある原稿を預かったそうですが、
自社では出版が難しく、
春風社ではどうだろうか
とのことで、
見るだけでも見てほしいと持ってきたのでした。
疲れたこころと頭と眼を駆動させ、
いいところを汲み取ろうと頑張りましたが、
やはり、
企画で引き受けることは難しいと判断したので、
丁重にお断りしました。
企画でやろうと判断する基準をことばにすると、
「本を読まない人のための本」
かどうかということになります。
持ち込まれるほとんどの原稿は、
仮に作ったとしても、
「本を読む人のための本」にしかなりません。
それでは本の売れないこのご時勢、
もとから売れるわけがありません。
読者にとって「生涯に一冊の本」
になる可能性を秘めた本しかわたしは作りません。
あくまで企画の話です。

 春雨を飲んで人の世空しかり  野衾