惚けのはじめ

 「愛ちゃん、手塚治虫の『どろろ』知ってる?」
 「はい、知っています」
 「お、知ってる。さすが、愛ちゃんだね、『どろろ』を知ってる」
 「はい」
 「そうかそうか、えらい、あんたはえらい!」
 「いえ、そんな…」
 「貸してあげようか『どろろ』」
 「……」
 「どうしたの、読みたくないの」
 「わたし、持っています」
 「は? あ、そう」
 「わたしの一番好きな漫画なんです」
 「へー、そうなんだ。一番好き? へー、気が合うねえ。おらも好きだよ、あの漫画。『ブッダ』と同じぐらい好きかもな」
 「『ブッダ』はストーリーの詰めが甘いと思います」
 「なるほどねえ。天才手塚も愛ちゃんに掛かっちゃ、かたなしってわけか。史実を無視してストーリーを展開するわけにも行かんかったろうからなあ」
 「あのう」
 「ん?」
 「あのう」
 「なに?」
 「……」
 「どしたの? おら、なんか気に障ることでも言ったか?」
 「そうじゃないんですけども、いま話したことと全く同じことを、以前、三浦さんと話したことがあります」
 「へ? ○×△□★◇@£$♂♀℃¥☆〒※▼△∈∋∪∀」
 「あの時も、わたしが『どろろ』が一番好きで全巻持ってるって言ったら、三浦さん、今と同じように驚いて、それから、今と全く同じように『ブッダ』の話もされました」
 「へー、あ、そう。へー、あ、そう。デジャビュじゃなくて。こりゃ参った。あははははははははははははは……………」
 笑って誤魔化すしかなかった。