仕事がトンズラ

 二日に渡りイシバシネタが続くことになるがご勘弁、いろいろ愉しい話題を提供してくれる人なのだ。
 仕事の帰り、ふたり連れ立って紅葉坂を下りていた時のこと、イシバシが概ね次のように言った。
 S社のKさんと会う機会があり仕事の話になった。同業なのでお互いに質問し合い、参考になる話をいろいろ聞かせてもらった。出版時期の遅れについて尋ねたら、Kさん曰く、そんなのは当り前の話で、それどころか、一旦やるとなった企画でも、途中さまざまな理由から仕事がトンズラし、結局出来なくなることも多々ある。如何なる理由があっても、一度決めたことを途中トンズラさせるのは、わたしイケないことだと思ってきたけれど、そんな風に几帳面に考えなくてもいいのかしら、と思った、云々。
 「イシバシさん」
 「はい」
 「今の話なんだけどさ。内容はともかく…」
 「なんでしょうか」
 「いくらなんでも、トンズラはないだろう」
 「え!?」
 「頓挫じゃねーの。仕事が頓挫するの頓挫」
 「は。トンザ。トンズラじゃなく…。ははは、そうね、そうだわね、トンザトンザ」
 「たのむよ、出版社なんだからさあ。でも、なんだな、考えようによっては、仕事が頓挫し、スタコラサッサとトンズラした、という風に考えると、あながち間違いでもねーか」
 「いいわよ、慰めてくれなくたって」
 「あはははは… ま、そんな怒るな怒るな。頓挫がトンズラならまだ許せる。このあいだなんか、『倭寇』が読めずに「ワかんむり、ありますか」と言って注文してきた都内某有名書店員がいたもの」
 「トンズラのこと、よもやまに書く気でしょ」
 「書かねえ、書かねえ、書かねえって! 大丈夫だよ心配すんなよ」
 でも、面白いからやっぱり書いた。ま、いいじゃねーか。