りんご一個

 会社帰り、保土ヶ谷駅で降り、すぐ近くにあるスーパーマーケットに寄った。最近凝っている自家製野菜ジュースに入れる白菜、りんご、レモンがなくなったので。なるべく新鮮なほうがいいから、いつも多く買わない。置かれている場所も分かっている。ぱぱぱぱ、と買ってすぐ帰る、つもりが、とんだところで足止めを食った。
 四分の一にカットされた白菜を籠に入れ、さて次はりんごと思って、その場に立つと、先客がいた。りんごも何種類か置いてあるが、いちばん多く置いてあるのはフジ。値段もそんなに高くないので、この頃はフジを買う。
 さて、くだんの先客、フジに張りついて、あれ、これ、それ、これ、あれ、それ、これ、と、手にとっては戻し手にとっては戻ししている。気に入ったものを買おうとしているのだろうが、彼女が選んでいる間、わたしは後ろで黙って待っているしかない。ま、そのうちに、場所を空けてくれるだろうと思っていたのだが、後ろに立っている人間(わたし)の存在を知ってか知らずか、あれ、これ、それ、これ、あれ、それ、これ、を延々と続けている。上の段で飽き足らず、重ねて置かれている下の段のりんごまで手にとって物色している。すでにこの時点で三分は経過していたろう。よほど「お客さん、すみませんが、さっきから待っているんですけど…」とでも言おうと思ったが、こんなに時間をかけて物色するのも珍しいと思い、好奇心も手伝って、途中から時間のことは気にせず、最後まで見届けてやろうと決心した。
 何分経ったろうか。最初に時計を見ていればよかったのだが、まさかそんなに長くかかろうとは想像だにしなかったから、物色開始時刻が分からない。が、しかし相当な時間が経過したことは確かだ。
 結局、そのオバさん、何を根拠に他のフジでなく、そのフジに決めたのか分からずじまいだったが、とにかくフジを一個だけ籠に入れ、また入口のほうに戻っていった。わたしの好奇心もそれまで。
 なぜオバさんが店内を進行方向に向かわずに、フジ一個を取り入口のほうへ向かったかは、もうどうでもよくなった。わたしはわたしで欲しいものを籠に入れレジに並んだのだ。