少年
詩人・俳人の加藤郁乎さんから著者校正が戻ってきたので、さっそく電話。本文の直し無しとのこと。「それにしても、君のつけられた春風社という名はいい。春風というのはね」「はい。ありがとうございます」のやり取りから始まり、「春風」にまつわる句や感想を話された後で、「ところで、三浦さんの声を聞いていると、まだお若いようだが、おいくつかな」と仰るから、「四十八になりました」と申し上げたら、「五十まえ。ふむ。まだ少年だ」と。「これからますます頑張って、いい本を作ってくださいよ」。ありがたかった。
加藤さんの文章も声も言葉も、まさに春風。伸びやかで広々とした時空に誘い出される。だって、次号『春風倶楽部』特集「こころと体」のエッセイのタイトルが「健康に大和魂」だもの。大和魂のない者は、背骨の入っていない人体のようなものだというのだから凄い! 大らかではないか!
「少年」という言い方はしていないが、奥邃は「青年」について次のようなことを言っている。曰く、
「夫れ悦楽の性情を天下に貫徹せんと欲して善く戦う者は真に青年たり。青年の資格は、年の多少に拘らず、人々自ら取る所。」
カラダの若さ、ピンピンさが問題なのではなく、「大和魂」に必須の志(心指し)が肝心なのだということでしょう。