八百屋のおばさん

 わたしのいる山の上から保土ヶ谷駅に向かうには、S字カーブを歩いていったん鎌倉街道へ刺さる道に出るか、ゴミ集積所から左へ折れて急な階段を下り、保土ヶ谷橋の交差点からまっすぐ伸びている小路に出るしかない。交差点の同じ場所に立つのに、階段を使うほうが二分ほど早い。
 だから、出がけに秋田の父から電話が来て、「台風がこっちに曲がってくるかと心配で眠れなかったが、逸れて行ってしまったからまずは一安心、いまやられた日にゃあ元も子もねぇ、先週あたりから稲穂もだいぶ赤くなり…」などとのんびり話が始まれば、「親父、そんな話、いまゆっくり聞いていられねんだよ。会社に行く時間だからまた今度な」ガシャン! と電話を切るしかない。
 ベランダのガラス戸を閉め、ガスの栓を閉めたか確認し、外へ出る。速歩で階段へ向かい、転ばぬように注意しながら急いで下りる。小路にぶつかったら右へ。と、八百屋だ。山形出身の七十過ぎのおばさんが元気に切り盛りしている。小料理千成で会うこともある。とてもゆっくり丁寧にあいさつするおばさんで、「おはようございます」が七秒かかる。七秒違えば信号が黄から赤に変わるのに充分だから、急いでいる時は、申し訳ないが、おばさんが道路に背中を向けて仕事をしていることをいいことに、あいさつ無しでスーッと音を立てずに通り過ぎることもある。そのおかげでギリギリ次の信号を待たずに交差点を渡り切れる時もあるのだ。
 さて、親父からの電話で家を出るのがいつもより少し遅れた日のこと、八百屋のおばさん、あっちを向いていてくれよと願いながら前を通ったら、腰を屈めてあっち向きに何やら仕事をしていたから、ホッと胸を撫で下ろし、スーーーーッと通り過ぎようとした。と、時も時、「あ、鎖、骨、の、ベ、ル、ト、が、取、れ、ま、し、た、ね。良、か、っ、た、で、す、ね、え。楽、で、し、ょ、う。行、っ、て、ら、っ、し、ゃ、い」恐ろしく長い時間に感じられた。三十秒近くかかったろう。わたしはもはやあきらめて、信号をひとつ遅らせることにし、涙目になりながら、「は、い。あ、り、が、と、う、ご、ざ、い、ま、す。と、て、も、楽、で、す。で、は、行、っ、て、き、ま、す」と言って交差点に急いだのであった。