ハトの死

 JR桜木町駅は、改札を出て右へ折れれば野毛方面、左へ折れればMM21、ガード下の壁画を楽しみながら歩くには右へ出なければならないが、天気のいい日は、わたしは左へ出て、車のあまり通らない裏道を歩いて紅葉坂へ向かうことにしている。
 ひと月ぐらい前だろうか、車に轢かれてハトが死んでいた。それを横目に見ながら紅葉坂の交差点へ至る。翌日は朝から雨だった。わたしはハトのことなどすっかり忘れてガード下のおもしろくもない絵を見ながら歩き、坂に向かう交差点で信号が変わるのを待ちながら傘を差した。その次の日も雨だったから、わたしはまたガード下を歩いたが、昼、食事をしに外へ出た時には雨はすっかり止んでいた。昼食を終え帰社する時分には日差しは暑いぐらいになり、首筋から気持ち悪い汗が流れた。
 三日目はかんかん照り。桜木町駅九時四三分着。暑いは暑いが、広々したところを歩きたい気がして左へ折れた。スターバックスではモーニングセットを横に置きながらノートパソコンを睨んでいるサラリーマンや、取引先のお偉いさんとでも話しているのか、でかい声で敬語の使い方に注意しながら携帯電話を耳に押し当てているサラリーマンの姿が目に付いた。外国の真似なのだろう、いまは外にテーブルを出している喫茶店がやたらと多くなった。わたしは、固く決めているというわけではないけれど、外のテーブルには着かない。ユニクロの店は閉まっていた。
 ハトがいた。三日前はまだ厚みがあったのに、さらに車に轢かれでもしたのか、もうすっかり薄くなり、のしイカかカワハギの干物みたいに哀れな姿をさらしている。でも、足先だけは薄くなることを拒否するかのように頑固に頑張っていた。それからもわたしは朝の出勤時、雨が降らないかぎりそこを通って、ハトの行く末を見届けることにした。(考え事をしながら歩いているうちに、ハトのいる場所を通過していることも間々あったが)ハトはもう、それにかつて生命が宿っていたなどとはおよそ考えられない体のものへと変貌を遂げ、のしイカどころか、ついにはフレーク状を呈し、あんなに頑張って厚みをキープしていた足先もどこかへ吹っ飛んじまったみたい。
 お盆休みが明け、日差しは相変わらずながら、風は、さやかに見えなくても、そこはかとなく秋の到来を告げている。桜木町駅に降り立ち、改札を出ていつものように左へ折れた。サラリーマンとノートパソコンに目を遣りながら広い裏通りに入った。注意して見たのだが、ハトはどこにもいない。もと居た場所へ近づいて見もしたが、跡形もなく消えている。ひとつ溜め息をついてわたしはまた歩き出した。ガタンガタン、ゴトンゴトン、停車前の嫌な音をさせながら頭の上を桜木町駅九時四八分発の大船行き電車が通った。暑さが金縛りになっていくようだった。