池波ファン

 秋田からの新幹線の車中、二、三度うとうとしかけたこともあったが、結局、東京駅まで飽きもせず『鬼平犯科帳』をずっと読んでいた。東京駅からは横須賀線に乗り換えたのだが、読むものがなくなり、もう一冊つぎのを持ってくれば良かったと悔やまれた。『鬼平〜』は文庫で二十四冊、今年一年は楽しめる。
 昨日読んだ章では、火付盗賊改方(ひつけとうぞくあらためかた)の長谷川平蔵が、市中見廻りの途中、ある飲み屋にふらりと入ったそのあとから、年のいった夜鷹がまるめたむしろを抱え同じ店に入るというシーンがあった。
 平蔵は店の親父に、女にも酒を一杯つけてやれと頼む。親父は、このお侍さん(平蔵のこと)、こんな化け物を抱く気なのだろうかと心中思う。ほかには客がだれもいない。女は色っぽい目で平蔵を見遣る。平蔵は、そっちのほうは年のせいで、このところとんとダメだから、話に付き合ってくれという。女の目から商売の色が消え、小一時間ほど平蔵は女と話し込む。女が先に席を立ち店を出て行こうとするや、いつの間に包んでおいたのか、平蔵は紙に包んだいくばくかの金を女に渡した。女は、「こんなわたしを人並みに扱ってくれたほかにお金までもらっては…」と恐縮するが、平蔵は、こともなげに「俺もお前もここの親父も人ではないか」とあっさりと言う。ク〜ッ! ちくしょー。にくいねぇ〜、長谷川平蔵。やい、こら平ちゃん。カッコ良すぎ! 女は平蔵にもらったお金を宝物のように胸に押し抱き闇に消えていった。ク〜ッ!
 こういうシーンを格調高いリズミカルな文章でテンポ良くやられるのだからたまらない。みんな好きなはずだよ。『鬼平〜』はもちろん、しばらく池波ファンで行くことになりそうだ。