おらいの先生

 写真家の橋本照嵩来社。写真集『北上川』のキャプションについて相談し、適宜位置を決め、武家屋敷にパソコン上で処理してもらう。
 今回の写真集は、写真家橋本が故郷「北上川」を半世紀かけて撮ったものであり、私的な写真も数点含まれている。中に、地元石巻市で良医の誉れ高かった清佶(せいきち)さんの家族写真がある。他の写真に埋もれるようにひっそりしていると思ったら、写真の中の空気と人物がきのういきなり動き出した。
 家族四人の表情、たたずまいがなんとも自然。清佶さんの人の良さが目元、口元に現れており、父のあぐらに抱かれた娘さんのくすぐったそうな喜びあふれる笑顔はネズミ花火のようでもあり、それを見遣る慈愛に満ちた母のほほえみはどんな女優も敵わない。息子はポカーンと乾パンみたいなものを目に当て安心しきって遊び、なんだかいかにも男の子っぽい。時間が経っているのに、家族というのはこういうものと静かに圧倒的に語りかけてくる。
 子供たちの母はかつて銀座コロンバンの看板娘として働いたことがあるそうだ。美人の誉れ高く、道行く人にたびたび声をかけられたが、結局幼なじみの清佶さんと結婚し病院を切り盛りして来た。あぐらの中の娘さんは現在看護婦長、乾パンを持つとぼけた幼子は立派な医師になっている。それにしてもこの写真、四十年の時を超え語りかけてくるのはなぜなのか。写真家がポッと訪ね「撮らせてください」と言って撮れる写真ではない。家族四人とも実にリラックスしており、プロのモデルでもないのにどうしてこういう表情ができるのかと不思議。ヒントは清佶さんの呼称にありそうだ。
 清佶さんのことを地元の人は親しみを込めて「おらいの先生」「清佶っつぁん先生」と呼んでいた。もちろん後にプロの写真家になるはずの若き橋本も。そういう関係がこの写真からほの見える。見れば見るほどいい写真、こころとこころの通いあいがくっきりと見える写真だ。故人になった清佶さんを偲んで、年に一度のゴルフコンペが今も開かれている。