納得寿司!

 塞ぎの虫を抑えながら、夜、行き付けの寿司屋に行った。店長に「なんか、お疲れのようですね」と指摘され、「え、まあ、そうね、すこし…」と馬鹿みたいな返答をし、余計落ち込んだ。
 すぐ隣の席に、もうだいぶ涼しくなったというのに、チェックの半袖シャツを着た、生きのいいお兄さんが座った。よほど寿司が好きらしく、ガラスケースに入ったネタを隅から隅まで丹念に眺め、まず、「すみません、モンゴゲソとコハダ、ください」と言った。「すみません、モンゴゲソは終わっちゃったんですよ」と店長。「そうですか。なら、普通のゲソをください」。
 とにかく生き生きしている。どうしてそんなに生き生きしてるのさ、と、羨むぐらいの生きの良さだ。
 さらに驚いたのは、寿司を箸で摘まもうとするときに、自分の口元まで箸先のようになること。ツーと箸を伸ばすとき、口元もツー。思わず見てしまう。そんで、いよいよ頬張ったなと見ているや、さもさも旨そうに、ふんふんと頷いている。それが、一度や二度でなく、毎度のことだから驚く。頬張るたびに、何を納得するのか、ふんふん、ふんふん、ふんふん、ふんふん、会津若松の張子の首振り牛、赤べこを思い出す。
 彼が最も首を振ったのが、トリ貝だった。もう、ふんふんふんふんふんふんふんふん。あんまり頷くもんだから、そんなにトリ貝が旨いのかと少々癪に障り、おらも頼んでみることに。
 「トリ貝!」
 たしかに美味い。が、首を十回も十三回も振るほどかよ、とも思った。
 なので、後は、あまり彼のことは見もせず気にもせず、こちらはこちらで頼むことにした。好きなトビッ子を頼み、プチプチ鳴らして食っていたら、横で、「すみません、ぼくにもトビッ子ください」と。
 あ、この野郎、おらの真似したな。ま、いっか、と思って、見るともなく見ていると、軍艦巻きのトビッ子を醤油皿に大事そうに運んでいる。トビッ子が少々皿にこぼれて落ちた。どうするのかと思っていたら、これまた大事そうに拾い上げ、軍艦の上に乗せた。それからおもむろに頬張り、やはり、頷いた。頷きの回数はトリ貝に劣った。
 それから、彼の動作で不思議に思ったことがもう一つあった。
 その寿司屋では、2コずつを小さなゲタに乗せて客に出すようになっている。ガリはそれとは別に皿に入れて供される。赤べこの彼は、皿からいちいちゲタにガリを乗せている。それだけでも目を見張ったのだが、さらに、ガリを箸で摘まむとき、箸を逆さにして頭のほうで摘まんだ。それ、どういう意味があるのさ、と、思った。
 箸を逆さにするのは、複数いて、同じ皿から分けたり取ったりするときにやる動作ではないのか。自分だけで食べるのに、箸を逆さにする謂れがない。変な奴だよ。でも、ま、こいつにはこいつの流儀があるのだろう。おらがとやかく言うことではない。
 それにしても、あの兄ちゃん、耳までピンと立って、本当に生きが良かった。