中井久夫さん 4
中井さんは精神科医で、あたまがよく、鋭利な刃物のような分析も感じられますけど、
はんたいに、ぽっかり浮かぶ白い雲、とか、わたあめみたいな感触もあって、
読みながら、ゆるされている気になります。
実は「治療者」と名乗ると治療をしていないとあいすまないみたいな気になって、
今日も前進しなかったと気落ちして一日が終わることになりがちだ。
しかし、
人間というものはそう前進するものではない。
「健康人」はめったに進歩しない。
だいたい同じようなことをやって日を送り月を送っているのである。
時に日一日進歩するのは赤ん坊と思春期の子と回復期の患者の一部とだけであろう。
治療者の仕事とは、
「患者の人生をできるだけ無理のないゆたかでふっくらしたような軌跡
を描いて全うできるように援助する」
というくらいのところではあるまいか。
「いやだ」という患者に「いやこうでなくては」と押しつけることはできないが、
さりとて目標は何でも患者の注文どおり
というわけにもいかない。
(中井久夫『中井久夫コレクション 世に棲む患者』ちくま学芸文庫、
2011年、pp.157-158)
「無理のないゆたかでふっくらしたような軌跡を描いて全うできる」
ということばがでてくる中井さんのこころは、
ありがたく、あったかいなぁと思います。
・坂下る五十メートル先の虹 野衾

