『川柳でんでん太鼓』1
田辺聖子さんの『道頓堀の雨に別れて以来なり 川柳作家・岸本水府とその時代』
がおもしろかったので、
みちびかれるようにして『川柳でんでん太鼓』を。
田辺さんは実作をされなかったようですが、
田辺さんが紹介する川柳は、おなじ五・七・五の十七音ながら、
俳句とは別の味わいがあってたのしい。
たとえば、こんなの。
もう未練ないが糸屑とってやり (麻生路郎)
女心のやさしさ、このほかに〈別離《わかれ》の言葉に深酒しなさんな〉
というのもある。
別れる男に、「もう深酒やめなはれや」といい、未練はない男だが、
いつもの癖で目についた糸屑をとってやったりする。
まるでミヤコ蝶々のお芝居のようではないか。
蝶々さんは、
夫で相方《あいかた》だった南都雄二《なんとゆうじ》に愛人ができたので
その話し合いにミナミの小料理屋へおもむく。
蝶々さんは一人、「雄さん」のほうは愛人と二人連れでやってきて、
しかし蝶々さんはそこで修羅場を演じたりしない、
話を聞いて機嫌よう別れてやって小料理屋の支払いも自分ですました。
別々に車に乗って帰ったが、
渋滞で車が交叉点の信号で立ち往生、ふと見ると、
これも隣に停ってる車に雄さんと愛人が二人連れですまして乗ってるではないか、
こっちは一人、向うは二人、そやのにこっちが料理屋のおかね払《はろ》て、
思《おも》たら、急に腹立ってきて、……という蝶々さんの話、
あれもおかしかったな。
(田辺聖子『川柳でんでん太鼓』講談社、1985年、p.125)
・連山の下一面の青田かな 野衾

