フランシス・ジャムさん 1
カフカさんの日記を読んでいたら、フランシス・ジャムさんのことがでてきて
うれしくなりました。
なので、ジャムさんの詩のなかからいくつか、
わたしの好きな詩の一部をここに残しておきたいと思います。
教会を出て、彼は道路工夫に言った、
「やあ!」相手も言った、「やあ旦那」そよ風が
影と水のさわやかさに満ちたプラタナスを揺らす。
このふるえはひろがっていって、もっと遠くで
白樺の木が騒ぎだす。やがてまたすべてが動かなくなる。
二人はおしゃべりをする。雄鶏がうたう。
小さな町が黒い丘に白く浮かびあがっている。
詩人は祈禱書の聖句のページを開いて
道路工夫に言う、「きみは生命《いのち》の石を
すべて割ってしまったら、天国で
きみの疲れのすべてを癒すことができるだろう」
「そうだといいんですが」相手は言う、「あなただって
働いていらっしゃる」詩人が答える、「そうだね、
きみのそばでぼくも休みたいものだ。
ぼくたちは父なる方の労働者だ。
福音書にもあるように、一粒の麦は
地に落ちて死ななければ、それは実をつけない。
ただ心に苦しみをもつ種だけが穂をつける。
人間は神によって地に蒔かれた一粒の麦だ、
それがこの世で芽を出すのは、天国に至るためなんだね」
彼らは話をつづけた。焼けつくような青い陽射しの中に
二本の腕を空に、もう一本を地に置いた
十字架が立ち、乞食女の眠りを守っていた。
ぐっすり眠りこんでいる女の胸もとがはだけ、
殻がふくれて今にも割れんばかりの
一粒の麦のように肌を見せていた。
詩人は道路工夫に言った、「この女も
一粒の麦で、魂が成長しているんだ」
(手塚伸一[訳]『フランシス・ジャム詩集』岩波文庫、2012年、pp.198-200)
「ただ心に苦しみをもつ種だけが穂をつける。」
ここにジャムさんの信仰がある気がします。
・思ふまじなれど追ひくる母の貌 野衾