爆笑三連発

 

わたしは自分の馬車の補助椅子に坐り、
大きなクッションに寝ていた伯爵夫人の息子を膝にのせていた。
夫人は、クレメンチーナ同様に笑いこけたりした。
旅程を半分行ったところで、子供が泣き出した。乳がほしくなったのである。
すると、
母親はすぐに薔薇色の蛇口を露わに出してきた。
かの女は、わたしがそれを感嘆して見ていても怒らなかった。
わたしが赤ん坊を蛇口に近づけると、
赤ん坊は、自分が同時に飲み食いしようと思っているものを見たので笑いだした。
わたしはこの貴重な絵を羨ましげに見ていたが、
わたしの喜びは目に見えていた。
愛らしい乳児は、満腹すると乳房から離れた。
すると、
白い液体がなおも流れつづけた。
「ああ、奥様、これはもったいない。どうかわたしの唇に、
神々の列にわたしを加えてくれるこの甘露を吸わせてやって下さい。
かみついたりはいたしませんから、ご安心下さい」
その当時は、
まだわたしには歯があったのだ。
(ジャック・カザノヴァ[著]窪田般彌[訳]『カザノヴァ回想録 4』河出書房新社、
1969年、p.444)

 

薔薇色の蛇口って。たとえが大げさ。大げさすぎて笑える。
薔薇色はまあいいとして、
蛇口。蛇口ね~。
つぎ。
流れつづける乳を見、それに引きつけられ、吸わせてくれと頼むカサノヴァのことばが、
大げさを通り越し、なんだか時代がかって笑わずにいられない。
「神々の列にわたしを加えてくれるこの甘露」だもの。
でも、
ここまでは、カサノヴァって変な奴、
と思いながら腹のなかで笑っているだけだった。
堰を切ったように笑いが爆発し、とうとう声が出てしまったのは最後の一文。
「その当時は、まだわたしには歯があったのだ。」
てことは、
これを執筆している現在、カサノヴァには歯がない、
そういうことですものね。
ほんとかよ、
と疑わしい気がしたけれど、
次の五巻を読むと、
カサノヴァさん、かなりの痔主であることが判る。
痔瘻をふくめ、加齢とともに、じわりじわりと健康が蝕まれてくる。
“世界一のモテ男”カサノヴァでも、
年には勝てない。
じめっとしておらず、からっと(ときに笑いを交えて)記しているだけに、
かえって凄まじい。
迫って来るものがあります。
「人間喜劇」のバルザックが愛読したのも頷ける。

 

・大口をひらく顎田に雪吸はる  野衾