椅子の位置

 

不世出の天才ピアニストとして著名なグレン・グールドは、
天才にふさわしく、
いろいろ奇想天外なエピソードに事欠かなかったようですが、
椅子の高さを微調整するのに三十分もかかり、
オーケストラをほったらかしにして指揮者を怒らせた、
なんていうのもあります。
このごろはグールドをあまり聴かなくなりましたけれど、
椅子のエピソードはちょくちょく思い出します。
というのは、
家で本を読むとき、
一人掛け用ソファーに深く腰を掛け、オットマンに両足をのせてのスタイルが多いのですが、
座ったとき、
ソファーの右手にある本棚との距離がいつも気になるからです。
グールドは、
腰掛ける椅子の高さが気にかかったようですが、
わたしの場合は、
高さでなく、本棚との距離、それと、東に切ってある窓に向かう椅子の位置と角度。
なんだか神経質な気がして、
そんなの気にしなくてもいいじゃん、
と、
気になるこころを我慢することも間々あるのですが、
我慢していると、
我慢していることが気にかかり、
とても本を読むどころではなくなり、
けっきょく、
じぶんが安心する位置と角度をさぐることになります。
そんなときです、
グールドがふと頭をよぎるのは。

 

・業果つや底へ底へと虫の声  野衾