要するに

 コットンクラブで知り合い、わたしが兄貴と慕っているナベちゃんは、わたしと一日ズレて歯が痛みだし、夜、眠れず、体を真横にすると血が頭のほうに上って歯が痛み出すことを発見し、枕を高くして頭だけグッと前に傾け寝たそうだ。が、そんな格好では全然眠れなかったとか。歯ばかりか首まで痛くなった…。
 「三浦さんが歯が痛いって言った次の日だもんな」
 「そりゃあナベちゃん、親の血をひく兄弟よりも、ってやつでさ」
 「だって歯の痛いのまで同じってことはないでしょ」
 「そうね。不思議だね…」
 煙草を斜めにくわえ二人の会話を黙って聞いていたコットンママが、あの低い張りのある声で、「ほら俗に言うじゃない。歯、目、なんとかよ」。
 ナベちゃんとわたし、目を合わす。要するにそういうことなのだ。男も齢50に近づくとあちこち故障が出てくるということで、その筆頭が歯ということなのだろう。目は今のところ相変わらずの近眼だが、これも時間の問題で、やがて老眼が加わるだろう。コットンママが「なんとか」と言った「なんとか」は衰え未だしの感もあるが、これだって分かったものではない。男の仕事は50からだと、何人かの先輩から聞いたことがある。経験と知恵を生かした良い仕事ができるのは50からか、よし、それなら頑張ろうと思った。今でもちょっとは思っている。が、今回のこの歯の一件により冷静に考えてみるにつけ、メラメラと体を焼くような煩悩が衰えることによって、はじめて仕事に集中できる、仕事ぐらいしかすることがないという境涯もあるだろうかと思えてきた。寂しいけれど仕方がない。「神経が暴れている」と言った歯科医の言葉が妙なリアリティーを帯びてくる。老いへ抵抗するやぶれかぶれの神経が今の自分の姿なのだろう。自虐的なわけではなく。