疲労
療治した一番奥の歯が痛みだし、虫歯になったのか、それともひびが入ったのか、ん、引いたな痛みが、と思っていると、また急激にズキズキ痛みだし、どうにも我慢がならず、保険証を持って一年ぶりぐらいに掛かりつけの病院へ行った。
予約をとらずに行ったから待つことは覚悟の上だったが、案の定、一時間ほど待たされた。
鼻のてっぺんにホクロのある若い母親が、あやか、こっち座っていなさい、あやか、椅子に座る時はスリッパ脱いでもいいのよ、ほんとね、あやか、おもしろいねこの椅子、でもダメよ、こわれるから、あら、かわいいね、お犬さんの毛がついているじゃない……。
三歳ぐらいだろうか、目のクリッとした丸顔の女の子は椅子に上がったり椅子から下りたり、いそがしい。病院に備え付けの犬の絵本を三十秒ぐらい眺めてみたり、五月蝿いほどではないが、あちこちよく動く。わたしは歯が痛い。
あやか、えらかったねえ。やさしい先生でよかったねえ。虫歯ないって……。
今度はひょろりと水のような印象のおんなが子供二人をつれて待合室に入ってきた。姉と弟のようだ。ちゃんと座っていなさい、と、母が言う。お姉さんのほうが、歯の病気に関する写真入りの啓蒙的な本を持ってきてわたしの隣りに座った。静かに熱心に見ている。と、ヒョイと椅子から下り、椅子に座らずに立っていた母のところへ行き、ある頁を指し示した。虫歯を放っておくとね、と、母は言い、娘は納得した顔でまた元の椅子に戻った。いやな予感がした。ふたりの様子を見ていた弟が姉のところにやってきて、二、三度わたしの膝にぶつかりながら、そんなことは意に介さずに、ぼくも見たい、と言った。ぼくも見たい。見たい。見たい。やさしそうに見える姉は万力のようにふんばって弟に本を貸そうとしない。いっしょに見なさい、と母が言う。わたしは歯が痛い。
もうすっかりあきらめかけた頃、ようやくわたしの名前が呼ばれた。レントゲン写真を撮って調べてくれたが、割れてはいなかった。虫歯にもなっていないという。あやかと同じか。おそらく疲労のせいだろうと医者が言う。休める時に休んでください。神経を抜くのは簡単ですが一旦抜いてしまうと元には戻りませんから、ここは慎重に行きたいと思います。神経過敏になっているようなのでレーザー治療をほどこしておきます、云々。
痛み止めの薬をもらい保土ヶ谷駅に向かう。頭の鉢が割れるかと思うぐらいの雷みたいな激痛が走る。一瞬くらくらした。大きく息を吸ったり吐いたりして何とかごまかしながら歩いているうちに少しは痛みが引いた。いやな感じがした。
大変でしたね。ただ、母親というものは子供に語りかけるのが仕事ですから仕方ないですね。わたしは子供がいないので母になっているというだけで「敬愛」めいたものを感じます。うちの母は表に出ると極端に静かになり、いくら語りかけても頷いたり首を振ったりしかしなくなり、人が大勢いるところでは大きな声を出してはいけないのだなと悟らされました。そのときは結構寂しかったです。
お体、大切に。
>noraさん
ありがとうございます。「母親というものは子供に語りかけるのが仕事」に納得しました。
noraさんのおかあさんの話を読み、noraさんのおかあさんのおかあさんはnoraさんのおかあさんが子供の時どうだったのだろうと、ふと想像しました。
きのうは高畑勲・宮崎駿コンビの幻の名作『パンダコパンダ』をDVDで観たのですが、インタビューに応え、高畑さんが、エブリデイ・マジックという言葉を使っていました。子供はエブリデイ・マジックが好きなんだと思わされました。