浩蕩

 

杜甫にかんする吉川幸次郎の本を読んでいて知ったことばに
浩蕩(こうとう)
があります。
たとえば広辞苑をひくと、
「広大なこと。転じて、志の奔放なさまにいう。」
とあります。
吉川の説明は、
もうすこしふくらみがあるというのか、
語のベクトルがちがうとでもいったらいいのか。
いわく、
「浩蕩」とは、
あてどもなく空漠に無目的にひろがる空間、
それにむかいあった際の心理を表現する語。
この「浩蕩」が杜甫の詩には幾度かでてくるそうです。
外の景をいうだけでなく、
こちらの心理をいう、
むしろそこにウエイトがかかっている。
このことばの意味を知ったとき、
すぐに思い浮かんだのは映画『海の上のピアニスト』
でした。
豪華客船のなかで産まれ育った主人公が、
船がニューヨークに着いて下りようとしたとき、
タラップの途中で
ニューヨークの街をはるかに見遣り、
くるりと踵を返し船に戻る。
印象的な好きなシーンですが、
「浩蕩」という語がぴったりする気がします。

 

・雪ふかき浩蕩に入る野老かな  野衾