何が不満?

 

またまたイシバシネタを。
専務イシバシが若い女性編集者を連れ、
東北のとある大学へ営業に出かけた。
午後三時からその報告。
楠のテーブルを囲んでの会議となった。
わたしはこれが楽しみ。
目を閉じて聴いていると(実際は開けていますが)
お目にかかった先生たちの研究室の様子、所作、話の内容、空気感までが
つたわってくるようだ。
ふたりの報告から、
充実した出張であったと納得。
先生たちによくしていただいたこともありがたかった。
その後それぞれの机に戻り通常の仕事につく。
しずかに時間は流れ。
やがて、
わたしの右斜め前にいるイシバシが
やおら立ち上がり、
出張に同行した編集者の机のところまで歩いてゆく。
と、
大学で哲学を専攻する先生の名刺を持ちながら、
イシバシ首をかしげ、
「メールアドレスにどうして不満なんてことばを使っているのかしら?」
訊かれた女性編集者は無言。
「やっぱり哲学をやっているから不満があるのかしら?」
女性編集者、無言。
「きっとそうよ。哲学をやるぐらいの先生だから、
世の中に対して不満があるのだわ」
「不満じゃなくてhumanで…」と小声の女性編集者。
なるほど。
ようやく事の次第が見えた。
イシバシ、humanを
ヒューマンでなくふまん=不満と読んだ。
不満ドットコム。
あはははは。
なぜ? なにゆえ? 何が不満でメールアドレスにまで。
そうか哲学をやっているからか。
そうだ、
きっとそうに違いない…。
イシバシの思考の経過が手に取るようにありありと。
女性編集者はやさしく愛情をもって接したが、
わたしは笑わずにいられない。
「不満じゃなくヒューマンだよヒューマン。馬鹿だよまったく。
うん。でもいいよ。面白い。
『出版は風まかせ』の続編をだすとしたら、
絶対に入れたいネタだよなぁ」
かつてイシバシが西にある大学を訪ねた折、
明恵のことを話してくれた先生に向かい、
まともに
「明恵にお会いしたんですか?」
と尋ね、
相手の先生から「いいえ。明恵は鎌倉時代の人ですから」
と教えられたエピソードに負けていない。
ひとしきり笑ったせいで、
原稿読みの疲れが吹っ飛んだ。

 

・猫と吾と無数の蟻や木下闇  野衾