ふたりの女性

 

会社を退けて紅葉坂を下るとき、
よくすれちがう若い女性がおりました。
わたしがそこを通る時刻はだいたい決まっていて、
彼女は下から
スマホを見ながら上ってくるのです。
つけまつげをバッチリと決め、
濃い化粧と着ている服がよくマッチし、
とくにあいさつするわけではありませんが、
坂を下りながら、
とおくに彼女の姿をみとめると、
お、来た来た
となるのでした。
それがこのごろとんと彼女を見かけなくなり、
少し寂しい気持ちになっていました。
先週のことです。
会社を退けて坂を歩いていると、
下から
中年の女性がゆっくり近づいてきました。
見るともなく
視線が彼女に向かいます。
ごくふつうの女性です。
と、
いや、
待てよ、
彼女、ひょっとして、
いやいやそんなはずはないでしょう。
あたまのなかを二つの意見が交錯します。
結論はといえば、
やはりくだんの彼女なのでした。
つけまつげがなく、
化粧もふつうでしたから見逃しそうになりましたが、
歩く姿勢は見まごうはずもなく。
彼女にまちがいありません。
どうしてつけまつげと濃い化粧をやめたのか。
知る由もありませんが、
二つの印象がチリンとひびきあい、
感動しながらわたしは坂を下りました。

 

・荒梅雨や折れたる傘の骨二本  野衾