崑氏

 谷川俊太郎さんの新装版『みみをすます』を読んだせいか、何のせいか良くわからないが、夢に、20年も前に付き合っていた女性が出てきた。
 出発前のジェットコースターに二人並んで乗っていた。変なジェットコースターで、電車のボックスシートのように四人がけ、ぼくの前には「とんま天狗」で一世を風靡したあの崑氏が座り、「科学の発達が人類に幸福をもたらすかどうかなどということは、はなはだ疑問でありまして…」と、わけのわからぬことを言った。言った後、例の黒縁のメガネが鼻先へずり落ちた。崑氏の隣には見知らぬおばさんが座っていた。ボックスシートはただボックスになっているだけでなく、真ん中にテーブルがしつらえてあり、事前に申し込んでおいた料理が運び込まれるシステム。ぼくら四人のテーブルは、おでんか何かだった。崑氏が頼んだのだろう。ぼくと彼女は頼まなかったから。
 ジェットコースターがガタンと鳴り、振動でおでんの汁がちょっと飛んだ。テーブルの端からそれがこぼれた。ぼくの隣の彼女は、なぜか上半身裸で、形のよい胸を出していた。「とんま天狗」の崑氏が見知らぬ我々に、いきなり「科学の発達」うんぬんの話を始めたのは、彼女の胸を見たせいだと合点がいった。ぼくは、なんだかもったいない気がして彼女の胸に頬を寄せた。おばさんは、全く関心が無さそうに地面のほうを見ている。ゴトゴトゴトゴト… ジェットコースターがいよいよ動き出し、振動に合わせるように胸がドキドキした。