「義経」始まる

 午後8時直前、トイレに立った。テレビのある部屋に戻りスイッチを入れたらNHK大河ドラマ「義経」が既に始まっていた。自分の行動が悔やまれた。身辺スッキリした状態で(!?)と思ったのが裏目に出て、何を措いてもまず見たかったタイトルバックを見逃してしまったではないか!
 が、そうではなかった。
 確かにスイッチを入れるのが数秒遅れ、一ノ谷の丘に並ぶ馬上の兵たちのシーンが始まっていた。義経の掛け声のもと懸崖を一気に駆け下り、火の手が上がって血で血を洗う合戦の修羅場と化す。かつて身内であった者たちがなぜ敵味方に分かれ争わなければならないのか、白石加代子のナレーションで25年前にさかのぼり、物語が始まる、その幕開けだったのだ。巧い!
 装丁につかった白馬はこれか。上空から撮られた白馬はやがて森の中へ入り桜吹雪のなかを正面に向かい疾駆してくる。これが本の表紙だ。よーし、OK! 黛さんの声を真似てテレビ画面に向かって叫ぶ。役者たちが次々画面で紹介され、最後に「演出 黛りんたろう」の名前が出たら、それだけでなんだかうるうるしてしまう。
 第一回「運命の子」、平安朝は様式美の世界というだけあって、どのシーンもピシリと決まり美しい。場面ごとにOKを出した黛さんの声が聞こえてきそうだ。役者でいえば、常盤役の稲森いずみさんの美しさは格別で、都一番の美女とうたわれた常盤に相応しい。都落ちする義朝から「子らを頼む」と託されながら、敵の大将にすがるしかなかった常盤に清盛は家屋敷をあてがい、やがて常盤のもとを訪ねる。会見が終り立ち上がるや、清盛は、「夜、お伺いしてもよいか」と常盤に問う。「お待ちしておりましょう」と常盤。夜になり、常盤は一人部屋で待つ。懐剣を取り出し自分の胸元に当てる。と、さっと刀を返し長い黒髪をバッサリ切り落とす。死から生への転換の場面。なんとも残酷で美しい。
 清盛役の渡哲也の表情に目を見張る。顔の左半分と右半分であまりに印象が異なっていたから。キャメラはそれを意識してか、しばらく正面から貼り付くように清盛を映し出す。感情に変化がない限りキャメラは固定で撮るという黛さんの言葉を思い出した。
 また、清盛の妻・時子役の松坂慶子の演技と存在感に圧倒される。例えば「蒲田行進曲」の小夏役の松坂慶子ではない。男を食ったようなとぼけたセリフ回しでありながら、夫・清盛のこころの深くに触れていくような毒のある言葉だ。この関係もこれから目が離せない。
 演出家・黛りんたろうの腕の冴えを存分に見せられた第一回「運命の子」であったが、そもそも稀代の演出家・黛りんたろうをわたしに紹介してくださったのがいちだパトラさんで、彼女がいなければ黛さんと知り合うこともなければ、まして、黛さんの手になる本の出版もあり得なかった。
 黛さんのお父上・敏郎さんにまつわる思い出から説き起こし、りんたろうさんとの出会いがご自身のHPで興味深く綴られており、出会いの不思議さに心打たれた。年末惜しくも亡くなられたご尊父の位牌を傍に置き「義経」をご覧になったというエピソードには言葉もない。もう少し本が早く出来ていればと悔やまれる。
 かくなる上は、時間の遅れを取り戻して余りある本に仕上げるしかない。いましばらく!