新しい本の「かたち」
ぼうふらが眼を閉づ甕の水静か
先日、出版の打ち合わせのために来社されたMさんは、日本で出版された『ガリバー旅行記』を、古いものから新しいものまで約400冊持っているそうです。高いものは1冊50万円もしたそうで、その値段は、原書の初版にも匹敵するとか。すごいですねぇ。
Mさんはまた蔵書票の趣味がおありで、ガリバーをモチーフにした蔵書票をたくさんお持ちです。
蔵書票というのは、本の表紙や見返しなどに貼り付けて、その所蔵者を示すための小さなカードみたいなものですが、これにはこれの独自の世界があり、もともと書物に貼るという蔵書票ですが、今は小版画作品としてコレクションの対象となっているらしく、<紙の宝石>とも呼ばれているそうです。
ご持参いただいた蔵書票を拝見しながら、これからのブックデザインは蔵書票化する、いや、蔵書票化しなければいけないということを感じました。
蔵書票というのは、本を愛する人が、画家や版画家に特別に頼んで自分だけのオリジナルのものを作ってもらいます。蔵書票の作者は、依頼主の意を汲んで、中身に相応しい、いやもっと、中身を端的に「かたち」にします。そこで腕が試されます。依頼主と作者の関係もあります。そうして出来てくる蔵書票ですが、作者によって、独特の世界が展開されます。同じガリバーでも、まったくちがったガリバーになります。
わたしは、創業以来、ブックデザインは一つの演出だと思ってきました。中身に相応しい、中身を際立たせるための、しかし第1はやはり中身、と思ってきました。
しかし、先日、ガリバーの素晴らしい<紙の宝石>たちを目にし、少し考えが変わりつつあります。それはどういうことかというと、誤解を恐れずに言えば、本の中身と関係なく、はマズイですが、本の中身を踏まえつつ、なおかつ、中身を超えていいのではということです。
中身を一つの「かたち」にしてしまう。中身をぐっとしぼって抽出したもの、でなく、中身をもっと広い世界に解き放つ…。同じ「かたち」でも、「形」でなく「容」。新しいぶどう酒は新しい革袋に、です。読みの深さがますます問われます。
まだ考えが煮えきらず、生煮えですが、社員や多聞くんとも話し合いながら、さらに新しい本の「かたち」を探っていきたいと思います。