二、三年、あるいは四、五年ぐらいのゆるい感じで、
小学校以来習ってきた歴史の勉強を改めてしてみたい気持ちが湧いてきました。
歴史上の事実というよりも、
それをつないだところの歴史の見方、
いつの間にかわたしの中に刷り込まれている歴史観がどういうものか、
それを相対化し、
ちょっぴり羽を伸ばしてみたくなりました。
ひとことで言って、
わたしの中の「発展段階説」にクエスチョンマークが付き始めた。
「発展」ということばには、
いい方へ向かうという価値が含まれていると思うんですね。
だけど、
ほんとにそうか?
というのを、
じっくり考えてみたくなりました。
トイレットペーパーの話は?
はい。
「歴史=発展段階」に疑問符が浮かび始めるのと同時くらいに、
「発展」はひとまず置いといて、
「便利」となると、
これはもうたしかに便利になっているなー
と思ったわけです。
たとえば、
冷蔵庫の製氷機。
昭和の子どもとして生きたわたしにしてみれば、
いまの製氷機は感動ものです。
昭和冷蔵庫の製氷機、
わたしの家にあった冷蔵庫のことで言いますと、
枠に水を入れ、
こぼさぬように冷蔵庫のしかるべき場所に収めるのがたいへん!
取り出すときがまたたいへん!
水道水のような、
ぬるい水をかけないと枠から氷が外れてくれない。
それはそれは面倒くさかった。
さて、
最後に控えしトイレットペーパー。
このことを言いたかった。
シャワートイレ用のトイレットペーパー
というのが世にありまして、
これ、
よく考えたなあと、
つかうたびに感動します。
12ロールが入っているビニール袋に、
「水にぬれても破れにくい」「たっぷり吸水! 肌にくっつきにくい」
とありまして、
ホントその通り!
ふつうのトイレットペーパーだと、
こうはいきません。
紙が濡れて破れてお尻の中央の凹部の辺りにペタリくっつく。
はがすのがまたたいへん。
恐る恐る指を這わせて、
破れた紙片をさぐり当てる。
というわけで、
まさに、
シャワートイレ用トイレットペーパー様様
なんであります。
事程左様に、
時代とともに、便利グッズが増え、
便利になっていることは否定しようがなく、
それは人間が人間であるかぎり、これからも変ることはないでしょう。
しかしそれが発展と呼べるか、
となると、
そうかそうなのか?
と疑問がもたげてまいりまして、
学校から離れたところで、
ちゃんと自分で、じぶんの頭で考えたくなった次第です。
・深き影ひかり輝く夏の雲 野衾

