帷子川の鯉たち

 

JR保土ヶ谷駅で電車を降り、保土ヶ谷橋方面に歩くのが帰宅のコースになりますが、
国道一号線沿いよりも、
交通量の少ない西口の階段を下りて歩くほうがこのごろ多くなりました。
階段を下りるとタクシー乗り場とバス乗り場。
ガラス窓の多い高いビルが一つありますが、ほかに高層の建物とてなく、
そのぶん、
空がひろがり、
いちにちの終りを感じさせてくれます。
生活雑貨全般をあつかう店が昨年八月に閉店し、
つぎにどんな店が来るのだろうと横目で見ながら歩くことになりますが、
いまのところ、決まっていないのか、
とくに目立った掲示も動きもありません。
さらに進むと、左手の線路を電車が走っていきます。
踏切手前、
帷子川(かたびらがわ)に橋が架かっていて、
遮断機が下りているときは、橋の上からしばらく川面をながめます。
大ぶりの鯉たちがゆらゆら泳いでいるのです。
このごろ、そこでパンをちぎって与えている白髪の女性をよく目にします。
カバンから食パンを取りだし、こまかくちぎって放り投げると、
鯉たちが大きく口を開け、
競うようにつぎつぎ食べていきます。
切っては投げ切っては投げ、すると、口を開けてパクリ、口を開けてパクリ。
その様子をとなりで見ていたら、先日、
「向こうにいるのは若い鯉たち」
と、ひとりごとなのか、
わたしに話しかけたようでもありました。うなずいて、
なおしばらく見下ろしていました。
このごろは、
二羽、三羽の鳩が女性の足下に寄ってきて、
こぼれたパンをついばむようになりました。女性は、
それと見て鳩にもパンをあげています。
音が切れ、ようやく遮断機が上がり始めました。

 

・紫陽花や水の宝石こぼれ落つ  野衾