世界が揺れた!
ふと、あるエピソードを思い出しました。
食べたものの味や匂いに関係なく。
なにも口にしていない、そばに誰もいない、休日、ただ宙に目を泳がせていたときでした。
不意に。
小学生にはなっていたと思います。
友だちの真一くんに誘われて、川へ魚を捕りに行ったことがありました。
その頃は真一くんとよく遊んだ。
手ぶらでよく知っている川べりへ向かう。
遊ぶときには、だいたい弟もいっしょだったが、
そのときは弟はいなかったと記憶している。
真一くんに言われるまま、
ぼくも真似して靴を脱ぎ、ズボンのすそをまくって裸足になった。
靴下は穿いていなかったから、夏だったと思う。
夏休みだったかもしれない。
真一くんには悪いけど、
こんなことして魚が捕れるのかと怪しんだ気がする。
真一くんはさっそくズブズブと川へ入っていく。
ぼくも後からズブズブと。
腰を落とし、
半袖シャツから出ている腕を肘まで水に入れ、
水が土手に触れる辺りをガサガサやりながら歩を進めていく。
水中の草や木の枝に触ることはあるけれど、
魚をつかむことはなかった。
真一くんは無言で前を進んでいく。
まえに捕ったことがあるんだろうか。おぼつかない足取りではないから、
きっと捕ったことがあるんだろう。
と、そのとき。
アッと叫んだか、なんかするから、ぼくは体を起こし、まえを見た。
真一くんの広げた両手の先、宙に魚が浮いている。
光った!
あふれるばかりの光が降りそそぐ。
魚に、真一くんに、ぼくにも。
世界が揺れ、一瞬そのまま停まったかと思った。
あのとき見た光景はずっと胸にあって、
クロード・モネの『散歩、日傘をさす女性』を画集か何かで見たとき、
似ていると思ったけれど、
真一くんが魚を放ったときに顔を上げ、浴びた光の量はもっと多かった気がする。
捕った魚を逃がし、その後二人とも一匹も捕れなかったけど、
真一くんは、一度は魚をつかんだのだ。
生きた魚を素手で。
忘れられない思い出だ。
・寒き夜や言葉の海のはるかなる 野衾

