ななめ前方見て歩く

 

きょうのタイトル、七音と五音なので、これの前に「○○○○や」を付けると、

 

○○○○や ななめ前方 見て歩く

 

となり、ちょっと俳句か川柳みたい。
ふと、そんなことを。
また、「ななめ」を漢字にして「斜め」だと、
ちょっと重すぎる?
「前方」を「前方を」だと? 七音でなく八音になるな。
そもそも「前方」でなく「前を」なら?
こんどは六音。
つぎつぎに、
どうでもいいような疑問がもたげてきます。
でも、
日々のこんなことのくり返しが、書名を考えることに役立っているかもしれない。
そう思うことに。
さて「ななめ前方見て歩く」ですが、
きのう歩きながら、
きょうの写真の枯れて落ちた一枚の葉っぱが目に入り、
一度通り過ぎたのですが、
三歩と歩かずに戻ってスマホで撮影。
それからまた歩き出します。
そのとき、
水平よりも少し下を向いて歩いている自分に気づきました。
だいたい五、六メートル、七、八メートル、
あるいはもっと先を見ながら。
いずれにしても、
上でなく、水平でなく、下を見ながら歩いている。
なので、
道に落ちている葉っぱだったり、いまなら蟬の骸だったり、
階段の蚯蚓や蟻などもよく目にします。
それで、
これは空間の話ですが、
時間についても同じことがいえる気がしてきました。
あまり遠くの未来は考えずに、
少しだけ先を予想したり予定を立てたりしながら過ごすことが多くありそう。
それで自分を守っているような。
歩いていると、
前もって予想していなかった、
ここに書いたようなことに、ふと思い当たり、
それも悪くないと思います。

 

・かくれんぼ寂しき鬼の夏の空  野衾