根について

 

高く育つ木には、深い根があります。
深い根を持たずにかなりの高さに到るのは危険です。
聖フランシスやガンジー、マーティン・ルーサー・キング牧師といった
この世界の偉大な指導者たちはみな、
世間の悪評に囲まれながら自分に与えられた影響を及ぼす力を謙虚に受け止め、
生きることの出来た人々でした。
それは彼らが深く霊的な根を地に下ろしていたからです。
(ヘンリ・J・M・ナウエン[著]嶋本操[監修]河田正雄[訳]
『改訂版 今日のパン、明日の糧』聖公会出版、2015年、p.137)

 

異色のキリスト者・新井奥邃(あらい おうすい)について、
秋田出身で衆議院議員も務めた中村千代松は、
いろいろエラいひとに会ったけれど、新井先生ほどの人に会ったことがない、
それは、
新井先生には根があるからだ、
という主旨のことばを遺しています。
ところで、
ふかく人と出会い、本と出合い、音楽と出合い、世界と出合うとき、
ひとは感動し、
こころに衝撃が走ります。
しかし、
程なく、またふだん通りの生活に戻り、
ルーティーン化した日常と取り組むことになる。
あの感動は何だったのか。
そう感じることが少なくありません。
ところが、
時がたち、数年、数十年して、
ハッとする出来事が生じ、
また、
ハッとするイメージに思い至ることがあり、
待てよ、
これって、
数年前、いや数十年前の、あの出会いとどこかでつながっていやしないかと、
気付かされる瞬間に遭遇します。
出会いの感動、衝撃は、
目には見えないけれど、
いわば、
ひと粒の種となってこころに蒔かれ、
それが目に見えないところで根付き、根を張り、根を伸ばし、
時を経て、
それが思わぬところに芽を吹く。
地表に、
意識にのぼってくる。
聖フランシスやガンジー、マーティン・ルーサー・キング牧師、新井奥邃でなくても、
だれであっても、
そういうことが人生にはありそうです。
映画『男はつらいよ』の主題歌『男はつらいよ』の二番の歌詞は、
「ドブに落ちても根のある奴は いつかは蓮の花と咲く」
で始まります。
「蓮」はハチス。ハスのこと。

 

・うぐいすや閑の谷を渡りゆく  野衾