ピンクのランドセル

 

朝、ツボ踏み板を踏みながらの体操は約三十分を要します。
五年程前に始めたときは、
痛くて、脂汗がにじみ、
三十分はおろか、十分踏むのもやっとの状態でしたが、
必死に痛みをこらえ、つづけているうちに、
いまは鼻唄交じりでも、本を読みながらでも、できるようになりました。
げに継続は力なり。
鼻唄を歌わず、本を読まない場合、
要するに、
ただツボ踏みに専念するときがいちばん多いわけですが、
痛くないので、
意識が足裏に向かうことはなく、
ここ山の上から、
季節ごとの風景を眺めるのが楽しみの一つ。
ツボ踏み板の上で、踏みながら体を回転させるやり方もありまして、
まるで自力の回転展望台。
しずかな動画がくり広げられます。
カラスが飛び、ハトが飛び、たまにアオサギが飛び。
スズメの子らが五羽六羽、
遅れて一羽。
犬を連れてゆっくり上ってくる散歩のおじさん。
めったに見られないけど、
電線の上を台湾栗鼠たちの目くるめくサーカス。
ゴミ出しの日は、
向こうの丘から、手すりをぽんぽんぽんと、可愛くたたきながら階段を下りてくるおばさん。
一日の始まりです。
やがてピンクのランドセル。
数年前に見たときは、
大げさでなく、
ランドセルが生きて、弾けて、坂を下りていくように見えた
(小学一年生になったばかりだったのでしょう。
「行ってきまーす」の元気な声が聞こえ、
その後、ランドセルが揺れて走っていった)
のに、
このごろは、
ランドセルを背負った女の子が、
一歩一歩、ゆっくり坂を踏みしめ下りて行きます。
学校での生活も厚みを増したことでしょう。
山の上から見下ろすのは後ろ姿だけですから、
顔が見えず、
どこに住んでいる娘さんか、まったく分かりません。
だから、よけいに、
ランドセルと娘さんの対比が日々の記憶に刻まれていくようです。
歳月は確実に過ぎてゆきます。

 

・正面に黒猫のそり秋来る  野衾